2010年10月24日日曜日

福島記・私の好きな場所

見よ、この空の広さ。素晴らしい。
福島に来るといつもこの空の広さに圧倒される。
いかに普段自分が狭い所で生活しているかがわかる。
わかると同時に悲しくなる。
同じ日本に住んでいるのに損しているな~、と。

こちらひいきにしている自然食店のランチ。
福島に来て何が楽しみって、
お店や近所の人たちの福島弁を聴くこと。
なんか温かいんです、響きが。
尻上がり調の話し方がかわいいんです。

ここのお店のお餅がやわらくてよく伸びて美味しい!
ランチについていて一緒に運ばれてくるのですが、
あっという間に固くなってしまうので、
我が家のメンバーはいつもはじめに食べてしまいます。
でも周りを見ると、みんなデザートにとっておいているらしく、
「あ~早く食べないとあのやわらかさは今のうちだぞ―」と
人さまのことながら気になる気になる。

こちらもひいきのカフェ。
ながーいガトーショコラ。長い意味は特にはないそう(笑)
左隅のはティラミス。
ここのスイーツ、甘さが丁度よくて好きです。
ガトーショコラの濃ゆさも私好み。
そしてドリップコーヒーが美味しい♪
ここは私にとって気持ちをリセットしたいときや、
自分と向き合う必要性を感じたときに来たいお店。
福島に来た時には外せない場所です。

そして今回新たに加わった欠かせない場所。行司ヶ滝。
写真は入口付近。
がたがたの山道を車でのぼるとこの遊歩道にたどり着きます。
この川に沿って歩き始めるとどんどん川が滝の形相になり、
遊歩道にも橋が現れます。

先頭をきって歩くいつもは天然素材の母。潔い・・・。
高さに気持ちがくじけるのを振り払うかのごとく、
腕をしっかり振って歩く姉。
父は橋の仕事をしていたので、
こんな高さはへそごま、悠々と歩きます。
私も高いのは好きです。

一見優雅に見えるこの遊歩道。
次第に牙をチラつかせます。

ここを越えたあたりから遊歩道なんてものではない、
登山と言うべきか、ある人にとってはロッククライミングか。
それは言い過ぎか。
無理やりつくったとしかいえない階段や、
自然に出来ていたので活用してみましたというような階段(岩?)があり、
一応手すり代わりにヒモやらチェーンが渡してあるのですが、
ほんと、一応のもの、良かったらつかまってみたら?とでもいうようなもの。


このアドベンチャーを乗り越えた先人たちの「グッドラック」という祈りか、
無事帰還できた感謝を表したものなのか、
こういった石の積まれたものがあります。
いや、大して意味はないのかも。
ちょっとガトーショコラ長くしてみました、というのと同じで、
これも、ちょっと石置いてみました、それに石積んでみました、
私も積んでみました、僕も~、おれも~、おいらも~、我も~、
みたいな軽いノリなのかもしれませんが・・・。
(いやいや山の神に捧げたもんか。)


頼りない紐をつたい、岩山を下りていくこと何分か・・・。
やっと滝のそばまで来ることができました。
でもこの滝、何かの工事で本来の高さの半分ほどになってしまったとか。
う~ん残念。でもこれでも結構な迫力でした。

ここから先、また山道が続きます。

昔の人はこうした山道を何日も、何カ月もかけて旅をしていたのでしょうか。
そんな風に昔の人の生活に思いを馳せながら、
自然に溶け込んでゆく自分とたそがれを感じながら、
背後から渋々ついてきた家族の疲労のオーラを感じながら、
ズンズン山道を進みます。
クマが出るかも・・・と思うほど深い山。
自然のあるがままの姿がそこにはありました。

そしてたどり着いた川。
滝からつながっている川です。


水がきれいで冷たくて、またもや癒されることしばし。
いやいやながらもズン・ズンズンズンドコ進む私についてきてくれた家族も、
気ん持ちよかんべね~とマイナスイオンを
スゴースゴーと掃除機のごとく吸いこんでいました。

聞こえてくるのは自然の音のみ。
ヒトがいなければ、こんなに地球は静かなんですね。
心地よい風の音、鳥の鳴き声、川の水の音。
目を閉じてその中に立つと、
自分の内面をじっと見つめることができます。
そして全てが浄化され、
スッと気持ちが清くなるのを感じるのです。

自然なくしてヒトはいられません。
それは他の生物、動物だって同じ。
自然に囲まれ、癒されて、
改めて自然保護の大切さを微力ながらも伝えていきたいと思いました。


2010年10月20日水曜日

はるきち

福島のお話をする前にこの日が来てしまいました。
今日は、以前少しお話した我が家の”森の王様”の命日です。


私が5歳のときに家族になった森の王様も、
当時はこんなに小さかった。
ピンクの鼻をヒクヒクさせながらフラフラ放浪していたおちびさん。
ぎゃあぎゃあ外で遊んでいた私と姉たちと近所の子供たち。
会社で仕事中だった父は飼うのに反対。
しかし、「犬も飼えない家なんてっ!!」と電話越しに噛みついた母のおかげで、
父もこのおちびを飼うことを許してくれ、
私たちはこの素晴らしい犬とたくさんの思い出をつくることができ、
生き物に対する愛情をも、もつことができた。

ハルキチと名付けられた彼はとんでもないいたずらっ子で、
体もだいぶ大きくなってきた頃、
私が通う近くの幼稚園の園庭に入り込んで疾走。
帰りの時間で全園児が園庭に出ていて、
泣きわめく園児やおもしろがって叫ぶ園児で一時騒然。
私と母は顔を真っ赤にしながら追っかけまわすも追い付けず、
ハルキチはまるでアッカンベーをするように走りまくる。
とにかくビュンビュン走りまくる姿を私は今でもよく覚えている。
でも最後は、幼稚園の先生が持ってきてくれたチーズおかきで
あえなく確保。ただの食いしん坊万歳。

脱走の天才でもあった彼は小さいころからしょっちゅう家出。
見知らぬサンダルが庭に転がっていることもよくあったらしく、
母はそれを慌てて回収し、そっと捨てていたという。
きっと近所では「サンダル紛失の怪」が多発していたことだろう。

彼はふらりと小学校に遊びにきたこともあったし、
鎖ごと家を出た時は道路の側溝に鎖がからまり、
身動きとれずにいたところを近所の人に助けられ、
一晩泊めてもらったこともあった。
脱走後すぐに見つけ、こちらがジリジリ近づいていくと、
距離を測りながら後ずさりし、
ッシャ―――!!とまた逃げるときもあれば、
ヘコヘコしながら「あいすんません、あいすんません」とばかりに
こちらのご機嫌をとろうと試みることもあった。
それでおとなしく家に帰ってきたと思ったら、
その足で裏口からヘラヘラ出ていこうとしたり・・・。
そのときは「キ――――――ッ!!!」とまぁ、
なんだかこちらが遊ばれているような感じで腹立たしかったものだ。

こんなに脱走を繰り返すのは、彼が単にアクティブ犬だっただけなんです。
朝日新聞のののちゃんに出てくるポチのように、
散歩嫌いのインドア派の犬も世の中にはいるのは確かなんですが、
(昔近所のアパートに住んでいた犬は、飼い主が外に連れ出しても、
 ジッッッと微動だにしなかった・・・。)
我がハルキチは散歩用のリードをちょっと持っただけで大騒ぎ。
庭中を駆け回り、早く門を開けやがれ~~~と助走をつけまくる。
で、開けたとたんダ――――ッシュ。
ゴミの日は大変。手にしたゴミ袋がハルキチとともに吹っ飛んでいく。
ある日私は調子に乗ってハルキチと一緒に駆け出して捻挫。
これはただのばか。

散歩から帰ってこれずに学校に遅刻しそうになったことも・・・。
すでに登校を始めている友達に、
「学校行かないの~~~?」と言われたときの恥ずかしさたるや。
「行くよっ!!!」と顔を真っ赤にした小学生の私。
ズリズリズリズリはるきちを引っ張ってくることなんて当たり前だった。
いつも同じ場所で途端に足取りが重くなって、そこに根を生やす。
どんなにこっちが引っ張ろうとしても、
それこそジッッッ・・・・・として動かず、
目だけはこちらにジロッ・・・と動かす。
勘弁してくれ~~~と涙目になるのはいつもこっちだった。

でもそのうち抱っこされるのが大嫌いというハルキチの弱点をついて、
わざと抱っこしようとしてハルキチを振り回して帰宅させることもあった。
傍から見ればなんとも滑稽なヒトとイヌだったろう・・・。

あー疲れた。
こんな具合に、とにかく彼の話になると尽きることがない。
まだまだ逸話は残っているけれど、ホントに書ききれない。
今日話したことだって、かなりかいつまんでいるし。

そんなハルキチも大人になるにつれて落ち着きさが出て、
堂々と深みのある、貫禄たっぷりの犬になり、
(そこでまた色々笑える話がたくさんあるのだけど割愛。
 とてもじゃないけど割愛。目・肩・腰が限界。)



そしていつのまにかおじいちゃんになっていた。
亡くなる1年ほど前から足腰が弱り、私の介護生活も始まった。
あんなに元気だったのに、
どんどん痩せて小さくなり、体は軽くなっていった。
毎晩隣で一緒に寝て、夜中の徘徊にも手を貸し、
徘徊もできなくなると、床ずれができないように定期的に体の向きを変えてやり、
母と体をさすってあげたし、話しかけたり、音楽を聴いたり・・・・・

自分にできることはやったつもりなのに、
あとからあとからもっと何かしてあげられたんじゃないかとか、
もっとこうしてあげればよかったとか、
後悔の気持が溢れてくる。
これを書く今も、涙がとまらない。


18年間、いつも一緒だった。大事な家族だった。
母に怒られて泣く私の顔を、ずっとそばでぺろぺろ舐めて慰めてくれたこともあった。

最後の晩、足をさすってあげてたら春吉が私をじーーーっと見つめていた。
もうほとんど見えていないはずなのに、まるで見えているかのように見つめていた。
そしてそのうち小さな寝息を立てながら眠ったので、私は部屋の電気を消した。
いつものように、おやすみ春さんと声をかけてから。
それが最後の晩だった。

春吉を介護していた頃、夜になると一緒に聴いていたピアノ曲のCDを、
6年経った今も聴けないでいる。
私が気に入っていたこのCDを、いつかまた聴ける日は来るのだろうか。

今まで、一日たりともハルキチのことを忘れたことはない。
6年という年月が長いのか、短いのか、それすらもよくわからないでいる。
春吉は私の心の中にいて、いつも支えてくれているから。

「人は、亡くなった人に支えられて生きている」
私は今日も手を合わせて、守り神に語りかける。
今日も一日をありがとう。
そばで見守ってくれて、ありがとう。

                                   

2010年10月15日金曜日

タイトルをかえてみました。

久しぶりの投稿。ご無沙汰しておりました。
そして、タイトルを変えてみました。
随分とまぁおかしなタイトルなので口ポカンでしょう。
すいません。口、閉じてください。理由を説明いたします。
以前のタイトルは検索してみますと、
それはもぅ世界各国でいろんな方がブログで使用しているらしく、
それがなんというか・・・このブログが埋もれていく気がいたしまして。
ならば思い切って気分転換、タイトルを変えてみようと考え、
変えてしまいました。変なタイトルに。
でもそれでも意外と「ユミッパ」さんはいるらしいので、
またいつかタイトルが劇的に変わっているかもしれませんが、
内容はまるで変わらず、私の個人的見解に基づいた徒然草なので、
どうぞ興味のある方は冷やかし半分でものぞいてやってください。

ところで今わたくしは福島に来ております。
明日には古巣に帰るので、随時福島旅行記を載せていきたいと思っています。
福島、すばらしく良い所です。
福島いいとこいちどはおいで~♪
 
お知らせ
 近いうちにマイシスターもブログに参戦する予定です。
 無事開設したらリンク先を載せますので、
 姉妹共々どうぞよろしくお願いいたします。

2010年10月5日火曜日

めちゃくちゃな運動会

先週の土曜日に甥の幼稚園の運動会に行ってきました。
来年小学校に上がるので、幼稚園最後の運動会だったのですが、
なんか・・・凄まじかった。
子どものための運動会というより大人のための運動会。
いや、園長の運動会か。
とにかく出たがりの園長、衣装替えが激しかった。
あまりの衝撃で写真撮り忘れたけど、
体中真っ黒に塗ってカメハメハ大王になってたり、
着ぐるみ着てトトロになってたり、
なんかよくわからないことになってたり・・・。
一緒に見ていた2歳の姪は、
園長が出てくるたびに「怖いねぇ~」。
そりゃ怖いわ。
楽しませようとしてくれているのはわかるんだけどね。

あとは親が踊りまくってたり、
やせ気味のガチャピンがいたり、
イカがいたりカッパがいたり。
これを読むかぎりでは意味不明な運動会になってしまうけれど、
でも楽しかったです。ちょっと長いのを除けば。

笑えるのは父母参加の障害物競争。
激ウマといううわさの特注あんぱんがもらえるというので、
姉と二人で参加。
あんぱんは個数限定というので、早々に入場門付近で待機。
年少さんのリレーが終わるまでしばらく待機。
年少さんが撤退後、即開始。
しかも並んでたのに何故か次々と順番がずれて、
「出ちゃってくださーーい!」と係りの人に言われ、
12人くらいでワサ―っと走り出した。
私と姉はワンテンポ遅れて出発。
二人でテケテケ走って何かの山をのぼって、
「トウッ!」と飛び降り、少し手こずる姉を待って、
ネットくぐりに取り掛かる。
これがその写真。
右が私、左が姉。
これね、ネット押さえすぎ。
受け狙いにも押さえすぎ。
押さえる人、多すぎ。
髪をおだんごにしていたんのですが、ネットにだんごがからまるからまる。
押さえてる人の「実が!実が!」と叫ぶ声がだんだん遠のいていくな~という頃に
やっと脱出。
「やっと出た!」とまたもや押さえびと。うるさいわ。押さえすぎなんじゃ。
で、「あんぱんはどこじゃ~~~」とギラギラしていたら、
「うしろうしろ!」とはたまた押さえびと。
「はあ?!うしろ?!」
ひどいでしょ。
あんだけピタッピタのネットに実をとられながら必死こいてくぐったら、
なんとお目当てのあんぱんは今くぐってきたネットの入口で、
ゆらりゆらりとまるで私たちをあざ笑うかのように揺れているんですよ。
「にゃ~~~ろ~~~~~」
ね、ひどいでしょ。
だから「外まわって~~~」という押さえびとの声を無視して、
姉と「こなくそー!」とばかりにネットを踏みつけてあんパンへまっしぐら。
大口開けて、ぶらさがるあんパンに食らいつこうと必死になっていたら、
「手で取っちゃてくださーい」とあんパンぶらさげびと。
写真の左端をご覧ください。
ちょっとにやけ顔に見えるあんパンぶらさげびとが、
私たち二人の後ろに回ろうとしているのがわかるでしょう?
パン食い競争の醍醐味を「手で取っちゃってくださーい」とは!!!
しかも次のあんパン奪取に燃える大群が走ってきていましたからね。
ヌーの大群のごとく砂埃の舞い上がるのが見えたので、
仕方なく手でいただきました。
これがそのあんぱん。
袋に入っていたのですが、運動会の騒ぎに押しつぶされていました。
カメハメハ園長いわく、「ハワイから取り寄せた」そうな。
めちゃくちゃはちゃめちゃ。

次回は同じ幼稚園に入園予定の姪の運動会で、
この恨み辛みを果たしたいと思っています。
おぼえてろーーー押さえびとにぶらさげびとーーー!!!